だから結局

So After All

【映画の感想】『シュガー・ラッシュ:オンライン』

以下は『シュガー・ラッシュ:オンライン』がとても面白かったと感じている人間によって書かれた文章です。ネタバレには留意しませんので注意してください(ネタバレが鑑賞の妨げになるような作品ではないと思いますが)。

もしまだ『シュガー・ラッシュ:オンライン』を見てないならこれだけは言いたいんですが、前作『シュガー・ラッシュ』を見ておく必要はまったくないです。続編というのがネックになって見ないのは損です。

 

『シュガー・ラッシュ:オンライン』に見る戯画化されたインターネット

『シュガー・ラッシュ:オンライン』(以下SRO)*1はディズニーのアニメーション映画である。ディズニーアニメは『シンデレラ』『白雪姫』などの昔話由来の古典モノを抑えつつ、『ベイマックス』などのチャレンジングなタイトルを文字通り量産している。近年、価値観のアップデートが加速度的に進んでいる中、その社会的役割はかなり大きいといえる。『インサイド・ヘッド』や『ズートピア』などの作品が果たす啓蒙、教育的効果というのは見逃せない。SROはそういったチャレンジングなタイトルに加えられる作品だが、私はこの作品こそ近年のディズニー映画の集大成と言ってもいいと思った。

話は少し逸れるが、年始NHK Eテレで『平成ネット史(仮)』という番組があった。前後編に分かれて放送されていたが、その編成が巧みで前編と後編では同じゲストの別番組のようだった。前編のみちょぱ(池田美優)のお飾り感がすごかった*2のに対して、後編の彼女は自然に話の輪に加わっていた。この違いも演出の一部だと思うが、みちょぱを取り巻くこの感じこそ、インターネットの変化の歴史だと思う。一部の人が使うものだったネットが、多くの人が使うものになり生活の中に浸透していった。番組内で堀江貴文が「iPhoneは革命だった」と言っていたが、たしかにiPhoneの登場と普及によって、一般人の生活へのネットの浸透は何段階も進んだと思う。そんなことはフィーチャーフォンからスマートフォンへの移り変わりを知っているわれわれからすれば当たり前のことのようだが、振り返ってまとめることで「やっぱり○○なんだ」という共通理解を作っておくことは重要なんだと思う。情報が早いスピードでやり取りされることに慣れてくると、そういった振り返りは分かりきっていてわずらわしく感じるものだが、スピードを突き詰めた先に何が待っているのかという子供がするような質問に答えられなかったりもするわけで、高刺激に満足できないフェイズにいずれ直面するという予感がある以上は刺激であるという以上の満足できる何かを各自映画なりテレビドラマなり音楽なりから掴んでいかなければならず、他人との情報共有に有利だという理由にプラスして自分が得た情報を自分なりに体系化することに振り返りまとめることは利するはずである。

www4.nhk.or.jp

 

【アニメ】【ネット】、この2つをかけ合わせたとき自動的に出力されるものは【オタク】だった。SROはそのイメージを決定的に過去のものにしたという点で金字塔的作品だといえる。今後、【アニメ ネット】で検索すると【シュガー・ラッシュ】が出てくる。SRO以前以後でイメージの世界が変わっている。イメージの世界が変わると現実の世界はそれに追従する、この並びは不可逆で逆転はない。

かつてあった「ネット民」という言葉。それらがディズニーによってきれいに払拭されてしまい草も生えない……。オタク目線で見たときのこのディストピア感。SF的な感性を働かせて想像するとつい興奮してしまう。レトロフューチャーという言葉があるが、オタクが作った未来像が決定的にオルタナ未来になったことで彼らの未来像が未来像として完結した。まさにレトロフューチャーで、あるかもしれない未来像からあったかもしれなかった未来像へ。この移り変わりが外部の力によって成されたことで予定調和ではない歴史の獲得ができた。

 

『シュガー・ラッシュ:オンライン』の魅力

肝心のストーリーだが、主人公のラルフとその友達のヴァネロペ、彼らが意見の食い違いを起こし、紆余曲折ありながらもそれを発展的に解消するというだけの話。「セカイの危機は主人公とヒロインの二者関係と密接に関わり合う」というどこかで聞いたことのあるような話を雛形にしているのではないかと勘繰ってしまう。ただし発展的解消に至るまでの道程はユニークで、リッチでゴージャスなディズニーらしいウェルメイド感に溢れている。

個人的には「好きだからこそ手をはなす」というところにグッと感情移入してしまって為す術なくなってしまった。この映画に美点はいくつもあるけれど、突き詰めて考えるとその一点だけが大事だった。自分が美点だと思っているいくつかのところは人からすると瑕疵だったりするかもしれないが、ラルフがヴァネロペを好きで、好きだから離れなければならないというのを受け入れるくだりは、人がどう思うかというのを超えて心に突き刺さった。そうなってしまうともうひとたまりもなく、そこにこの映画全体が集約されていっているように思えてくるなど、主観的な傾斜がどんどん強くなっていく。世界が広がれば広がるほど一点への集約の印象が強くなる。インターネットという大風呂敷の使い方が上手いと言わざるを得ない。

それから細かいようだが、生理的快感が大きい。効果音やカットが作り出すリズムが心地良かった。ゲームにしてもwebサイトにしても、これがあるかないかで評価がまるで変わると思う。スムーズに動くという以上の動かしたときのちょっとした快感。そういったゲームやネットの知見を活用している感があった。見触りがいいというか単純に見ていて気持ちよかった。

あとは魅力的なキャラクターたち。シャンク登場シーンのスマブラ感は笑ったし、検索コンシェルジュのノウズモア、ポップアップ広告で”おなじみ”JP・スパムリーも、初めて見るのに謎の既視感がある。ある特徴を戯画化しそれ単体では良いとも悪いともいえない性質をキャラクターに仕上げる技術がすごい。なかでもSNSマスターのイエスが良いキャラしている。登場シーンごとに奇抜な髪型と服装が別の奇抜な髪型と服装に変わっていたり、相手の話を聞いていないのに会話が成立していたり。

f:id:mttnysk:20190110031216j:plain

左からラルフ・イエス・ヴァネロペ(シュガー・ラッシュ:オンライン公式HPより)

まとめ

私がSROについて好意的評価をするのはラルフに感情移入したからで、作品内に「政治的正しさ」が現時点で十分なだけあったからではない。そういう作り自体がディズニーの意図したものなのかどうかは想像するしかない部分だと思うが、そういう裏を盛り込んでいても驚かないほどには懐の深いビッグスタジオだと思う。

黒船はインターネット世界に思ったより軟らかく着岸したのか、今のところSROへの目立った批判は見られない。この映画がもたらすことになるイメージの刷新を良しとせずこれを侵略とみなす一部の層があったはずなのだが妙だ。それだけつけいる隙がないのか、単に住民が見当たらなくなってしまっただけなのか。

映画館でこの映画を見たSNSネイティブの子供たちが大人になってSROを見返した時どう感じるのか。そこに感覚の齟齬があるならそれらはこれから作られていくことになる。そう思うとまさしく”今”が歴史の中にあるような気がしてくる。

 

映画「シュガー・ラッシュ:オンライン」の感想 #シュガラお題



sponsored by 映画「シュガー・ラッシュ:オンライン」(12月21日公開)

*1:英題は"Ralph Breaks the Internet"、1にあたる『シュガー・ラッシュ』の英題は"Wreck-It Ralph"

*2:おじさん達の話をつまらなそうに聞いている感じが良かった