だから結局

So After All

映画『音楽』を見た

大きい主語で話すなと教えられてきた。
わたしがアカデミーで習ったことは体系的なものはほとんどなく、こういう散文的な禁止項目がほとんどで、日常意識することなくあらゆる局面での選択に影響を及ぼしているほどである。きちんと勉強してこなかったこともあって専門がないわたしは、何かの専門家が口にする、専門じゃないのでわかりませんが、という前口上が嫌いだった。そこには謙遜の皮を被った自負心が透けて見えるように仕組まれているようで、もしこれが僻みでしかないとしても、つまりその口がただ自らの情報の信憑性について疑問符を投げかける正当な前置きであったとしても、やはり嫌いだった。どうしても気後れがするので、たださえ小さいわたしの声をより小さくさせることはないではないかと勝手に迷惑し、勝手な迷惑なのでそれを親しくもない相手に伝えるわけにもいかず、ただ泣き寝入りの泪抜きのような、狸寝入りの目を開けているバージョンのような、うつむき加減の白眼視のような、体裁のつかなさによる困惑を隠すための沈黙を貫いたものだった。まあ、沈黙を貫くというのは難易度が高いので実際には、ああ、はあ、そうですかという生返事で不体裁を補ったのであった。
 
ことほどさように、アカデミー出身であるにもかかわらず何らかのスペシャリストではないことがわたしの人格形成にもたらした影響は大である。大きく真黒な影がさして、視界がおぼろげに霞んでいくような心もとなさとともに他人と相対することになる機会が増えたので、本来の自分を発揮することもできず、無闇に相手を持ち上げようとするので相手のほうでもくすぐったがって、たまに発生する会見もじつに短い手数で終了することが常だった。そういう人間関係を繰り返し、わたしは友人たちから冷淡の異名を得た。はじめは何となく格好のいいもののような気がして有難がってさえいたが、あまりにも繰り返し言われると有り難みも消え失せ、言葉の内容に含まれる不名誉が外面に滲んできた。
 
これではいけないと思い一念発起した頃には友人も大方払底で、それだけに選ぶ労力も省けたようなものだと強がりながらバンドを始めることにした。もともと音楽について大した思い入れがあるわけでもなかったので始めるのに好適だった。音楽好きを公表している友人は無音楽無人生の標語を諧謔無しに真っ向から受け止めるような生真面目な連中ばかりだったので、音楽を開始するとしたら一大決意を固める必要があったのだと思う。
わたしとわたしの友人はフットサルにはそれなりにストイックに取り組んでいたが、音楽などべつにどうというほどのことでもなかった。あればあるでよし、なければないでよしという数多あるビー玉のうちのひとつぐらいの認識だった。それをおもむろに摘み上げるようにして名曲が生まれたものだ。それは暇から生まれた思いつきそのもののような形をしており、真円とまでは行かないまでも一円硬貨のように円かった。バンドメンバーのわれわれふたりには真円だった。
 
思いつき以上のことをしようとしてうまく行かなくなったというといかにもな言い方になるが、根気よく続けるつもりで飽きたことを隠しているうちにバンドは自然消滅した。解散という節目を持たなかったことには今も満足している。消滅期間を経て、次にバンドがどのような展開を迎えることになるのか誰にもわからないからだ。
楽器を持たないバンドだったのでパフォーマンスを形にすることにはこだわった。何一つこだわらないことがこだわりというわけのわからない人生訓のようなバンドだったのに、ライブに出演するという目的に向かうにあたりパフォーマンスの体裁を整えようとし始めた。結果、アカデミーのときの失敗を別のやり方で繰り返しただけだった。楽器を持っているバンドのことが嫌いになった。
本当は思ったとおりのことだけを言いたいだけなのに、思ってもいないこと、言わないでもいいことをつい口にしてしまい、なんでそんなことを言ったのか後で考えてみると、場にそぐうことを言おうとしていたと気がついた。生返事のようなパフォーマンスで、しかしそこにはそう表現する必然性のようなものがあるにはあり、無いであればまだしもだと思えるような、わたし以外のものに追い立てられてしたことだった。わたしは自由の得難さを知った。壊そうにも楽器を持っていなかったから楽器を壊したりしなかったことだけが救いだった。
 
音楽とは、と大きな主語で話すことがなかったのはたまたま運が良かっただけだと思っている。運が良かっただけのことにしてもそれが正解であるのには間違いなく、それをそうではないとすることはできない。音楽とは〇〇するものだという人たちは全員間違っている。その点わたしたちには音楽好きの人たちより優位性があった。しかし、バンドは〇〇するものだという考えも間違っている。わたしたちはそこで誤った。
 
何かを類型化してこれはこういうものだとすることに対して嫌悪感がある。フェスでは盛り上がる曲を選択するべきだという意見は認められない。一回一回の選択の結果としてたまたまそうなった場合しか許せない。
映画などを見ていてもパターンが有る。しかし、せっかく目の前にあるものをパターンで認識するというのは作為的なものの見方である。とはいえ、パターンが有るのにパターンが無いかのように見るという振る舞いも作為的である。だが、いかに作為的であれ色眼鏡を外すジェスチャーをすることは欠かせない。わたしはいつもその作業を映画泥棒が活躍する序盤のシーンで済ませる。はじめて映画を見るかのようにその映画を見るためのそれは儀式である。
 
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この度見た映画「音楽」には映画泥棒のシーンはなかった。だから色眼鏡を外す手数をついかけ忘れた。上映中、パリンと音がした。目から直角に何かが飛び出し、外し忘れた色眼鏡を突き破ったのであった。それで、何らかのフィルターが自分の目にかかっていたのだということが明らかになった。映画館を出て目に飛び込んできた新宿の街がいつにもまして綺麗だったからだ。わたしの目から飛び出したものは鱗であった。
ともかく、その日わたしは新宿の街を歩き回り、壊れた色眼鏡の代わりの品を探し求めた。メタルのツーブリッジで探そうと思っていたのだが良い物が見つからず、しばらくは裸眼のままでの生活を余儀なくされた。